マルセイユタロット研究1
私は、カモワン版マルセイユタロットをずっと使っています。
正確には、ホドロフスキー・カモワン版と言ったほうがいい
でしょう。
マルセイユタロットは、他にもありますが、
その描き方や描かれている象徴、図像は共通性があります。
ある意味で標準のスタイルがあったと言えるでしょう。
マルセイユタロットは17世紀のものが残っていますが、
タロットは、現存するもののなかで最も古いのは、
15世紀のヴィスコンティ・スフォルツァ版だと言われています。
この頃のカードは手描きであり、貴族が画家に描かせたとても
贅沢なそして豪華なものでした。
このカードに描かれているものは、一部描き方や象徴が違う
ところもありますが、多くのところはマルセイユタロットと
共通しています。
この豪華なタロットはとても貴重で貴族が画家に描かせた
もので、タロットはあまり一般には普及していなかったの
ですが、その後徐々に木版で印刷されはじめます。
ヴィスコンティ版をはじめ、イタリア北部でつくられていた
タロットは、その当時のイタリア戦争による人とモノの交流に
よって、フランスやスイスに伝わったと言われています。
豪華な細密画の手描きのタロットは作られ続けていましたが、
16世紀半ば頃に大量生産の可能な木版画のタロットが登場しま
す。
現存する木版画のタロットで知られているものは、
1557年にリヨンで製作されたケイトリン・ジェフリー版という
ものでドイツのクンストハンドベルク美術館に収蔵されています。
そして18世紀以後、タロットはさらにヨーロッパ各地に普及する
ようになるのですが、特に南フランスの港町マルセイユでさかん
に木版画のタロットが作られるようになるのです。
私が使っているホドロフスキー・カモワン版タロットの製作者の
1人であるフィリップ・カモワン氏はそのマルセイユのカード製作
業者であり、今でもよく知られているコンヴェル版の製作者である
ニコラ・コンヴェル(コンバー)の末裔なのです。
1861年にジャン・バティスタ・カモワンが婚姻によりコンヴェル家
を継承したことから、名前(姓)が変わっているのです。
18世紀に始まったマルセイユのタロット製作は一大地場産業になっ
たと言われていますが、徐々に衰退し、1880年頃にはカモワン家だ
けになっていました。
しかしその当時は、国内外で100万部以上を製造し、カモワン家だ
けでフランス国内の45%の需要を満たし、国外でもスペイン、
エジプト、トルコ、アルジェリア、チュニジアなどへも出荷して
いたといいます。
しかし、木版画とステンシルによる印刷も当時の産業革命によって
機械化が進み、その後は徐々に印刷機械によるものに変わっていく
のでした。
(つづく)
参考文献:「タロット こころの図像学」 鏡リュウジ
「秘伝カモワンタロット」 フィリップ・カモワン
